「ちゃんと」の呪縛

海と少女 ASDの娘と向き合って
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 娘が幼稚園の時、庭の砂利の上で転んだ。

見事に転び、口を打ったようで起き上がると、ぼたぼた血が落ちて場は騒然となった。

上の前歯を打ったので、生えていた永久歯がゆがんだ。
「ひえ~~~~!」と、わが子のことになると冷静さを完全に失う。

その私に娘が、泣きながら

「ごめんなさい、ちゃんとしてなくて。ちゃんとしてなくてごめんなさい。ちゃんとしてなかったから~~~」と号泣した。

とても痛かったはずなのに、「ちゃんとしていなくて」と言われて驚いた。

大人になっても

 そんな娘は、日常生活のいろいろがいろいろ「ちゃんと」できない。

 物で溢れている部屋は、見事にとっ散らかっているし、さっきまで手に持っていた物は忽然と姿を消すので、いつも探し物をしている。
今の娘は何かと「ちゃんと」には程遠い日々を過ごしていて、最近の私はもう逆にそれが面白くも思う。

しかし、お金の問題。
これは、笑ってはいられない。

先日3回目が起きた。
私が受けたショックは、想像以上だった。
2回の出来事だけでも衝撃的だったのに、それでも2回で治まっていると思っていたのに、3回目・・・。

 娘のお金問題は、やはり自閉スペクトラム症の特性から、繰り返す可能性があるとは思っている。でも、娘の心の為には繰り返させては、絶対にだめだとものすごく注意して、事あるごとに確認していた。

そして、その度に「大丈夫」「もうしない」と言っていた。
そう答えている間にも、3回目をしていた。
大丈夫じゃなかった。

3回目、8万円(4万円×2回)。
バイト代の中から、私と相談して積み立てていたものを、知らぬ間に解約していた。

私が気づいたとき、娘はとっさに「私のお金なのに何が悪い?!」と。

誰のお金ではなく、手元にある分での生活、買い物をする、足りなくて困ったら相談する、というルールを約束していたからこそ、「大丈夫?」と確認していたのに、そのルールを破っていることに問題がある、ということの説明に今回も時間がかかった。

落ち着いたころ、娘は

「(自分自身も)ちゃんとできていると思ってたのに、足りなくて困った」と話し始めた。

そして、使いすぎた理由に

「アニメのグッズを買う以外に、友だちと遊んだり、服を買ったり、みんなみたいな私を見てあんちゃんは『(私が)元気だ』と喜ぶから、ちゃんしている姿を見せたかった。」と言った。

本当に娘が、どこまでそう思っているのかはわからない。
言い訳なんだろうとは思う。

でも、その時冒頭の「ちゃんとしていなくてごめんなさい」と、泣いた姿を思い出した。

簡単に使うけど・・・

親は、大人は、私は「ちゃんと」を簡単に使う。

ちゃんと片づけなさい!
ちゃんと座りなさい!
ちゃんとするのよ!

 私の普段の生活、性格からして、何事も6~7割?まぁ、自分が困らない、人に迷惑をかけない程度であれば一向に構わない、と考えているので、「ちゃんと」は口癖のようなものなのだろう。

3人子育てをして、下の息子二人においては、次男はそれなりに聞こうとするけど、参考程度って感じだし、長男においては、な~んにも聞いちゃいない。
私が何を「ちゃんと」と言おうと、息子自身の「ちゃんと」を優先して、そして、それはそれなりにちゃんとなっている。

その子自身の受け止めも、もちろん大きく影響する。
娘は、私の「ちゃんと」をがつーーーーーーーん!と受け止めて育ったのだろう。

だから、私の発した言葉が全てではないのだけど、娘にとってはほとんど全てであったから、たとえ言い訳だとしても言葉として出てくるのだろう。

そして長男のように、私の「ちゃんと」でなくてもよい場面が、きっとほとんど全てだったのではないかな~と、今になって思う。

やり直し

 それにしても、私の「ちゃんと」を全身で受け取ってしまっている娘。

母のトラウマが私の中にあるように、少なからず影響している娘の中の私を、少しずつそうじゃなくてもいいと、またやり直していかないと。

今からでも間に合うかなぁ~?

 ここまでお読みいただき、ありがとうざいました。
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