親に優しくできない私の心の根っこ~ASD母への感情

窓ガラスに女性の手 ASDの娘と向き合って
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 私は、親に優しくできない。
思春期を過ぎ大人になり、母親になった今も。

 5年前に父が亡くなり、ひとり暮らしをする母を「寂しいだろう」と思う。
でも、会えば、電話で話せば、LINEでのやり取りですら優しくできない。

なんでなんだろう?
ずっとず~~~っと自分自身に疑問だった。 

長い間、そんな自分が嫌だったけど、やっと自分の気持ちの奥底が分かった気がする。

 私の元家族。
つまり、生まれ育った家族。
その構成は、父母と4歳違いの姉、3歳違いの妹の5人家族。

 父と母。
とにかく、いつもケンカが絶えなかった。

お互いの実家のこと、家庭のこと、私たちの子育てのこと・・・。

口喧嘩から始まり、母を黙らせようと怒鳴り始める父。
それでも黙らない母に、父が手を出すことも少なくなかった。

2階でテレビを観ていても、1階の空気が変わったことを子どもながらに敏感に感じた。

背筋がす~~~~っと寒くなる、身体が暗いどこかに沈むような感じ。
怖くて、妹と背中を合わせたり、聞こえないふりをして本に集中しようとするけど、耳は全集中で1階の父母の声を聞いている。

 姉は、いわゆる嫁姑小姑問題で複雑な育てられ方をした。

その子ども時代は、姉の育ちに影響した。
そして、その結果母と姉の確執は濃く、幼少期から常に平穏ではなかった。

 事あるごとに母と姉は言い合いをしたし、買い物に出かけてもお店に着くまでに揉めて姉がひとり引き返す。ご飯を食べに行っても、ケンカになり父と姉、私と妹と母と、離れた席を取り別々で食べる。

姉が思春期に入るとさらに関係は悪化した。

姉は家を出るために猛勉強して、受験した国公立大学全てに現役合格した。
でも、両親が受験を勧めた、自宅からも通学できる国立大学は「不合格だった」と両親に伝え、届いた書類も処分して、ひとつ下のランクの県外の国立大学に下宿をして通い始めた。

それ以来、帰ってくることはほとんどなかった。

 姉がもめるのは多くは母だったけど、父と姉もなかなかのケンカをし続けていた。
けれど、父は姉の育ちに父なりの申し訳なさを感じていたので、姉はその気持ちを感じることができていたのでしょう。
私から見れば、母との関係と同じように思っていたけれど、姉と父の関係はそこまでひどいものではなかったらしい。

 そんなわけで、幼い私はいつもびくびくしていた。
普段の生活も、楽しい時間も、いつ何時どうなるかわからなかった。

父と母と姉。
3人がそれぞれに、それぞれを相手にケンカをする。

そのことに幼い私が心を痛めているのに、特に母は、父との大喧嘩のあと数日経てば

「お父さん大好き~」と、父に寄り添う。

 見た目には仲直りをした父母の姿が、子どもの私はもちろん嬉しい気持ちになるのだけど、特に父が母に手をあげたケンカのあとなどは、そのギャップ?アンバランス?に気味が悪いような不思議な気持ちで母を見ることもあった。

そんなアンバランスな親、家族の姿に、自分の気持ちのバランスを取ることに違和感をもっていたのかもしれない。

だって、またその時にも、瞬間的に空気が変わってどうなるかわからないから。

 幼いころは、「こんな不幸な家はうちだけだ」と絶望していたけど、よその家がわからないし自分の家族の姿をどんな風に話せばいいのかわからないまま、誰にも相談も打ち明けることもできずに大きくなった。

 思春期に入り、友だちが話す親の文句やきょうだいとのケンカの話しを聞くことも増えた。「よその家もケンカするんだ」と知ったけれど、やっぱりよその家と自分の家のケンカは違うことも知り、私は自分の話しはできないままだった。

でも、変えることができないならと、私は私なりに父、母、姉3人の気持ちを、それぞれの背景を、お互いへの気持ちを理解しようと努力した。

そうして、理解しようとすることで、また、私自身が親になることで、幼いころの感情は「あんなこともあったなぁ~」と思えるようになっていると、自分では思っていた。

 姉と母は、いまだに確執所以の対立を続けているけど、離れているので私の生活に入り込むほどのもめ事はなくなった。

それに、私自身が家庭で忙しくしているし、自分の家族が今の私の全てだから、わざわざ姉と母の関係を思い出すこともなく過ごしていた。

でも、先日父の遺産の相続のため、姉を交えて元家族に向き合うことになった。

やっぱりね~~~~~、変わらないんだね、人って。

私の大好きな「This is us」というアメリカドラマ

THIS IS US/ディス・イズ・アス 36歳、これから(シーズン1)
人生はサプライズの連続。これはあなたの物語――。全米を共感と感動の渦に巻き込んだユーモアと優しさ溢れるヒューマンドラマ。...

お互いの背景や感情、思いがあっても、どんな覆水も盆に返る。
返す努力や思いやりを、ドラマだから当たり前、と思いながらも、学ぶことが多かった大好きなドラマ。

でも、現実において、盆に返すつもりのない人たちでは、さらに盆はひっくり返り水浸しになるだけだった。

 私の母は、おそらくASDと愛着障害のある大人。

母は、姉と母の関係から私が娘を妊娠したとき「女の子をうまく育てる自信を持てない」と、不安に思ったことや、私の中の葛藤、実家を頼る友人を羨ましく思うと同時に、自分に問題があるのだと思ってきたこと、そんなことは顧みることのできない人。

自分を後回しや、自分が悪くなってもということはできない。
考え、感情にはない。

姉にも、思うことはいろいろあるけど、やっぱり姉は被害者だと気の毒にも思う。

きっと、母が姉に「ごめんね、こんな育て方をしてしまって。辛い思いをさせてごめんなさい」と言ってあげることができたら、どこかでなにかが変わったのかもしれない。少なくとも、姉の感情に落としどころはできたかもしれない。
落とすかどうかは別として。

でも、母は言うとしたらきっとこう言う。

「ごめんね、こんな育て方をしてしまって。私も辛かったことをわかってね」と。

すべてはそこなんだよね。

幼かった当時、私はいつもケンカにおびえていた。
私は、そのことを忘れることはできていなかった。

そのことを、当然顧みてくれたり、少しでも反省してくれたり、謝ってくれるなんてことはこれまで1度もなかった。

私が母に優しくできない、生前は父にもいつも最終的にはイライラした感情は、そこにあると気づいたんだ。

「謝れよっ!」ってね
私にそんな気持ちを抱えさせたことを、少しでも考えてみれば?と、思う。

そこに気づいたとき、もう母に無理に優しくしようと思う必要はないし、自分を責めなくていいと、やっと楽になった。

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